装鋼神兵バンダムSEED
1 タカハシ
人が宇宙(そら)に出てから二千年あまりの歳月が流れた。
タカハシは宇宙要塞艦コーン・スティーラーのブリッジの窓から金星を眺めていた。
金星は元々は人の住める星ではなかったが、300年がかりの大改良により地球とほぼ変わらぬ環境となり、今では17億の人々が建設されたドーム都市に暮らしている。タカハシは先の大戦、11年前のクローン戦争を思い出していた。
(タイタニック・ザムールが墜とされるとは…)アイアン・ボディと呼称される30メートル超級の人型機械兵器。T・ザムールを操っていたのはタカハシの13番目のクローン、ジュゾーだった。敵・地球連合軍の兵士、コー・斎藤との戦いでやられた。
のちにタカハシはクローン禁止令をしき、戦争はうやむやの内、終結をむかえた。
総帥であるタカハシ率いる八千万人からなるアイアン・ストーン帝国が地・火・木星圏から撤退したのである。事実上の敗戦だった。
だが、タカハシはマスコミに撤退はあくまでも一時的なものであり戦略の一部であると主張し、世の顰蹙をかった。
(俺が出撃すべきだった…?)タカハシは11年経った今もなお、考えるのだ。“紅い魔鳥”と畏れられたエース・パイロットとしての過去の栄光…。あるいは自分なら、あのバンダム・タイプの機体と対等以上に戦えたのではないか…と。
(コー・サイトウ‥)バンダム・タイプを愛機とするあの兵士は、どうしているだろう。マスコミの情報では、停戦後、乗っていた艦の上官をホモセクハラで訴え、ドロ沼の裁判を展開していたというが。
(マイツ、…とかいったか。あの艦の責任者は…)条約会議などで何度か顔をあわせた事はある。
(ホモだったのか…?)タカハシにその真偽はわからない。確かめようもないし確かめる必要もなかった。ばかばかしいだけだ。
タカハシはふたたび金星に目を向ける。この星とそこに住む15億の民を手中におさめれば、ふたたび艦隊を率いて地球圏に攻め込む事ができる。
本格的な植民が始まったのは50年ほど前だが、彼らにはすでに金星人としての自覚があり、プライドがあるのだ。
タカハシは16時間後に金星TVに出演し、大衆前で演説会を行う予定だ。
(金星人たちは地球政府に搾取されつづけ不満を持っている…そこをうまく、くすぐれれば良いが‥?)
「総統。ココア・ミルクをお持ちしました」
「ごくろうである」
タカハシはあれにあれした。
2 コウイチ
地球―ネオソウル市。午後の爛れた陽光さすアパートの部屋にコウイチはいた。全裸だった。
タバコを吸っていた。マルボロ・メンソールだった。
「美学…」コウイチはつぶやいた。
そして思い出していた。直属の上官、ホモのマイツの事を。
コウイチはかれをホモセクハラで裁判所に訴え、敗訴したのだ。そして、上官侮辱罪でマイツに逆に訴えられ、除隊処分となった。
(それが軍という所だ…)コウイチはその事を思い出すたびに途方もない脱力感に押しつぶされそうになったが、どうにもならない事だった‥。
だから今、ネオソウルにいるのだ。新しい土地がなにかを変えてくれるかもしれない。
現にコウイチは昨日の面接に受かり、今日から地下鉄工事の現場で働くことになっている。本当はパン屋になりたかったが職安の係員ロボに適性がないと判断され、却下された。
「ロボット奴…」コウイチはまた、つぶやいた。その時、ドアのチャイムが鳴った。
コウイチはまたデジタル新聞の勧誘だろうと思い、ため息をついたが、ドアを開けるとそこにはマイツが立っていた。
トレンチコートを着ていた。険しい顔をしていた。
「私はヴァイ・マイツ…。コウイチ、グレートバンダムに乗りなさい‥」
*
ネオソウルの午後のは暑く、暑かった。コウイチの手には包丁が握られていた。
マイツの顔を見て数秒間、放心状態におちいったが、我にかえり急いで台所から持ち出したのだ。
その切っ先はいま、目の前に立つ男色・ヴァイ・マイツに向けられていた。
「カエレッ!カエレーッ!」コウイチは叫んだ。
「コウイチ、俺を刺したくば刺せ。だがお前はグレートバンダムに乗らなくてはならない」
「ダマレーッ!」コウイチはマイツに飛びかかっていった。
するとマイツの脇からサングラスをかけた黒服の男たちが現れ、コウイチを取り押さえた。
「連れていけ」マイツは静かに黒服たちに命じた。
コウイチは全裸のまま運ばれ、車の後部座席に押し込まれた。両脇を黒服に挟まれ、マイツが助手席だった。
視界が明滅し、失神寸前となった。目隠しをつけられ、車は発進した。
コウイチはワナワナとふるえた。
「どこへ連れて行くんだ」せいいっぱい威厳を出したつもりだったが、声はうわずり、裏がえってしまっていた。
黒服がコウイチのみぞおちを叩こうとするのをマイツが目で制した。
「ダイモスだ、コウイチ…」
「…火星の‥月‥・?」
「そこでお前の父、リョーテムが待っている‥」
「父さんが!?」
3 マン・マシン
火星の月・ダイモス。その月面に建設されたドーム。
リョーテム博士が工場長をつとめるマンマシン工場だ。
そこに、一機の小型シャトルが降りていった。
「来たか、浩一‥」リョーテムは振り返った。
コウイチは全裸でそこに立っていた。リョーテムはたまげた。
「どういう事かね!」リョーテムはコウイチの後ろに立つヴァイ・マイツを睨んだ。
マイツは無言、無表情のまま視線を宙にただよわせていた。
リョーテムはワナワナとふるえたが「まあいい」と言った。
「コウイチ、どうやらまたお前にバンダムに乗ってもらわねばならなくなったらしい」
「説明してくれませんか、父さん」
「いいだろう。お前には聞く権利がある…いや、聞かなくてはならないッ!」
「何!?」
「高橋市郎が金星軍を率いて、この地・火・木星圏に侵攻しようとしているのだ!」
「タカハシが!?」
“紅隕石”と呼ばれたハイ・スキル・パイロット。宇宙空間を爆発の炎と敵パイロットの血で紅色に染めると畏れられた悪魔。コウイチは何度か戦っていた。自機であったバンダムBLUEを墜とされたこともある。
「父さん、僕には自信がない。もうバンダムでは奴に通用しないのでは」
「グレートバンダムは伊達じゃない」
「グレートバンダム?」コウイチはリョーテムにオウム返しに聞き返した。
「左様。グレートは只のマシンではない。搭乗者のオーラ力によって、そのパワーを本来の性能の数倍にまで高める事ができるスーパーマシンなのだ」
「見せてください、父さん。そのグレートバンダムとやらをね」
「その前に、服を着るがいい…コウイチ」
「これは失敬」
マン・マシン格納庫の中は暗く暗かった。マイツが照明のスィッチを入れた。
「おお!」
魔神の巨像がそこに鎮座していた。
金と銀と赤色を主体としたボディ・ペイント。青い空色のダブルアイ。背には超合金トマホーク。左右の腰にはビーム・ブーメランの装備が見て取れた。
35メートル級の鋼の兵士だ。そのデザイン、武装レベルは今までのバンダムシリーズ中、最高のものと言っていいだろう。
「コウイチ。やってくれるな」マイツだった。
「いいだろう。ただし、条件がある」
「なんでも言え」マイツはため息をついた。やれやれといった風に。
「マイツ、あなたの事だ。僕はもうあなたの艦(ふね)には乗らない。乗るのなら別の艦だ。それならこいつに乗って金星とでも何とでも戦ってやる。どうだ、ヴァイ・マイツ」
マイツは信じられぬといったをして呆然とした。コウイチはしてやったりというようにニヤリと笑った。
「それは許可出来ない、コウイチ」父・リョーテムだった。コウイチはがくぜんとした。
「キャプテン・マイツはこのグレートバンダム開発計画における最高責任者だ。作戦の指揮をとるのはマイツ本人以外に考えられない」
「コウイチ君」マイツだった。
「これは戦争なのだ。ひとりの命令違反やわがままが何百、何千の人間を死に至らすこともある。覚えておく事だ…」
戦闘が始まったら、ドサクサでマイツを射とうと決意した。もうそれ以外に、この地獄から逃れる術はない。
「コウイチ、グレートバンダムのエンジンキーだ」父・リョーテムがコウイチに手渡す。
「ハッピーバースデイ、コウイチ!」
「え?」リョーテムは満面の笑顔だ。
「おめでとう、コウイチ君」マイツも満面の笑顔だ。
「忘れたのか?今日はお前の45回目の誕生日だよ」
ああ…そうだった!コウイチはすっかり忘れていたのだ。
今日は僕の誕生日…45才の…!45才…!!コウイチの意識はストレスの為、シャットダウンされ、その場にくずれおちた。
遠くでマイツと父・リョーテムの笑い声が鳴り響く。
コウイチは頭を強く打ち、失神し、脱糞した。
4 エピローグ
翌日からコウイチの、グレートバンダムに乗る為の、はげしいトレーニングがはじまった。
45才の肉体にはきびしかった。何度も嘔吐し、血尿をだした。
一週間もして、コウイチはバンダムのパイロットには不適性だと判定され、ネオソウル市に返された。
コウイチは、また仕事を探さねばならなくなっていた。
コウイチは、地下鉄駅ホームの清掃係になった。
昼休み、休憩室でTVを見ると金星軍が地球圏に侵攻してきたとして、戦闘が開始されたとニュースでやっていた。
仲間の清掃員たちも大騒ぎした。戦闘の映像が生中継で映し出される。
「グレートバンダム!」コウイチは、つい声をだしてしまった。
グレートがザムールタイプのM・Mを次々と撃墜してゆく。
「あれは僕が乗るはずだったんだ!」仕事仲間達は、コウイチの発言を普通に無視した。こういった手合いは別に珍しくはないといった風に。
コウイチは口をつぐんだ。もう二度と言うのはよそうと思った。
戦闘は長引いた。夜になると、コウイチのいる地域では肉眼でも、空にその光を見る事ができた。
「グレート‥」夕方のニュース映像では、グレートバンダムが撃墜されたところが映っていた。
コウイチにはもう見えなかった。−完−
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